「町田、野球部やめてくれよ」


 場所は校舎裏。

 1学期の終業式がさきほど終わり、夏休みに浮かれる生徒たちの陽気さとは正反対に、校舎裏には緊張した雰囲気がただよっていた。

 普段は誰も近寄らないそこには、二人の男子生徒がいた。

 町田と野球部のキャプテンだった。

 町田は放課後、突然呼び出され、野球部をやめてほしいと、そう頼まれたのだ。


「な、なんで」

「わかるだろ。おまえのせいで野球部はとんだ恥をかいちまったじゃねえか」


 キャプテンが下をむいてつぶやいた。

 女子ソフト部に衆人監視の中、無様なほどに完敗したこと。

 その後、女子ソフト部員によって、野球部員たちが屈辱の目にあっていること。

 その屈辱を受けたことのあるキャプテンは、ぎりぎいと歯ぎしりをしながら言った。


「限界なんだ。わかってくれ。全部、おまえが悪いんだ」


 野球部員たちは、自分たちのプライドを守るため、生け贄を欲していた。

 自分たちは悪くないと思える生け贄を。

 こんな目にあっている責任を誰かにとらせたい。

 その一心が、生け贄として町田を選んだのだった。


「おまえが、女子ソフト部との勝負なんて受けなければ・・・・・!!」


 キャプテンは怒りの声をあげた。

 それを聞いて、町田も反論できなかった。

 確かに、自分が勝手に女子ソフト部との試合を受けた。しかも、負けたほうが勝ったほうにグラウンドの使用権を譲るという条件も勝手に決めてしまった。

 結果、惨敗した野球部は満足に練習ができないでいる。

 近所の河川敷をレンタルしたり、校舎の中で筋トレをしたりと、本格的な練習がなにもできないでいた。

 その責任を感じていた町田は、キャプテンの言葉に対して、なにも反論できなかったのだった。


「じゃあな」


 キャプテンが去っていく。

 町田は、一人、校舎裏に残された。


 ●●●


 どうしてこうなってしまったんだ。

 町田は途方にくれていた。

 キャプテンの呼び出しに、町田はてっきり、夏休みの合宿についての相談かと思っていたのだった。

 グラウンドが使えないから、野球部は1ヶ月という長い期間、学校の合宿所で合宿をしようと、そういうことになっていた。

 だから町田としても準備を進めていたというのに・・・・・・

 校舎裏に呼び出されたのは、野球部からの退部勧告のためだったのだ。


「はは、は」


 町田としても笑うしかなかった。

 合宿は夏休み初日から、すなわち明日から行われることになっていた。

 すでに両親にも話しをしている。それを、いきなり野球部をやめたから合宿にいかなくてもいいことになったなんて、そんなこといえるわけがなかった。


「リストラされたサラリーマンって、こんな感じなのかな」


 町田は呆然とつぶやいた。

 家にいることなんてできない。

 これまで応援してくれた親に、いきなり野球部をやめさせられることになったなんて報告できるわけもない。

 かといって、1ヶ月もの間、友人の家を渡り歩くことだって現実味がない。

 いったいどうすればいいんだ。

 町田が途方にくれているときだった。


「だ〜れだ!?」


 突然、背後から襲われた。

 正確には、抱きつかれた。

 柔らかい体がぐいぐいと密着する。大きな二つのかたまりが自分の背中でこすれて腰が抜けそうになる。

 背後から抱きついてきた人物は、町田の目を両手でおおっていた。

 けれど、町田は最初からその人物が誰か分かっていた。

 この脳味噌をとかすような甘い匂いの持ち主。柔らかい体に反して、内に秘めた力強さ。

 町田は、彼女の体をイヤというほど味わってきていた。


「ま、増田さん?」

「ぴんぽ〜ん、大正解!」


 おどけたように言った千鶴は、しかし町田のことを離さない。

 それどころか、町田の目を隠していた両手でもってぎゅううっと、さらに町田のことを抱きしめにかかった。

 豊かすぎる双丘が町田の背中で潰れる。

 その圧力に、うっと町田がうめいた。


「ふふ、町田くんが校舎裏いくの見えたからさ、おいかけてきたんだよねー。ねえねえ、なんの話ししてたの?」


 フレンドリーな千鶴の言葉。

 しかし、彼女の両腕にはだんだんと力がこめられていった。

 人間プレス機。

 人間離れした怪力でもって、自分の体がぎゅうううっと抱きしめられていく恐怖に、町田は半狂乱になった。


「ま、増田さん、待って・・・・・ここ、誰かに見られ、」

「大丈夫だって、ここ、普段は人気ないもん。うふふ、二人っきりだね、町田くん」


 町田の耳元で妖艶にささやく千鶴。

 町田は、恐怖で全身が凍り付いたみたいになった。


「えい♪」


 ぎゅうううううううッッ!!


「あひゃがああ!!」


 背後からさらに締め付けを強める千鶴。

 彼女は、まったくの余裕で、町田の体を潰しにかかっていた。


「ねえねえ、さっきの話し、なんだったの?」

「ひいいい!! やみゃ・・・アアアアアアア!!!!」

「ほらほら、どうだったのかな? なんの話ししてたか教えてくれないと、このまま町田くんの体潰しちゃうよ♪」


 妖艶な娼婦の顔で町田が暴れるさまを見つめる千鶴だった。

 明らかに町田を虐めることに快感を感じている千鶴は、そのまま陽気に問いかけた。


「あ、ひょっとして、わたしたちにリベンジする打ち合わせでもしてたのかな」

「ヒャあっげええあああ!!」

「わたしたちと再戦して、グラウンドの使用権取り戻そうとしてたんでしょう? ふふっ、まだ諦めてないんだね、町田くんたちは」


 そこで、千鶴はさらに力をこめた。

 町田の胴体が軋み、千鶴の豊満な体の中に埋もれていく。

 すでに町田の足は地面についておらず、彼の体は千鶴の腰の上に持ち上げられていた。

 千鶴が、自分の腕の中で苦しんでいるクラスメイトにむかって優しく問いかけた。


「ふふ、でもまた試合しても無駄だと思うよ。だって、今だって町田くん、わたしにぜんぜん反抗できてないじゃん。弱すぎて、ちょっと同情するよ」

「ヒイイ!! ヒイイアアア!!」

「今度試合したら、野球部員全員に同じ目にあってもらおうかなー。しっかり教育するよ。ビンタしまくって〜、抱きしめて潰して〜、太股で締め墜としちゃう♪」

「・・・・・ひゃだ・・あああ」

「あ、白目になってきちゃったね。気絶はさせてあげないよっと」


 千鶴は腕の力を弱めた。

 しかし、抱きしめは継続したまま。

 かろうじて息が吸えるくらいの圧迫を与えながら、千鶴は町田が回復するのを待った。


「う、ハアハアハア」


 犬のように息をする町田。

 彼は大好きな女の子に抱きしめられながら虐められ、どうになかなってしまいそうだった。

 千鶴の体の感触を感じるたびに、町田はなんともいえない感覚を得ていた。


「はい、回復したら、正面をむこうねー」


 千鶴にくるりと体を回転させられ、まるで赤ん坊のように、町田は千鶴に正面をむかされた。

 アンダーシャツ姿の千鶴。

 大きな胸が威圧的に隆起していて、町田は思わずその巨乳を凝視してしまう。

 くすっと、それを見ていた千鶴が笑った。


「は〜い、また抱きしめちゃいま〜す」


 満面の笑みで千鶴が言って、熱烈な抱擁を再開する。

 さきほどまで自分が凝視していた爆乳が、自分の胸板でグニャリと潰れ、侵略されるのを町田は感じた。

 その大きな胸を支点に、千鶴が町田を抱きしめ潰していく。

 ベアハッグ。

 技の名前すら知らないであろう千鶴は、本能的に町田を虐めるのに適した技を選択したようだった。


「はい、正面をむいて、私の目を見ながら言おうね〜。さっき、町田くんは野球部の人となにを話していたのかな〜」


 ぎゅうううううッッ!!


「ひいいいいい!!」

「正直に言わないと、どんどん強く抱きしめていくよー。絶対に気絶はさせてあげない。ずううっとこのまま、町田くんの心が壊れるまで続けるからね♪」


 妖しくとろんとした目でそんなことを言われて、町田が口を割らないわけがなかった。

 彼は、大好きな女の子に恐怖を感じて、さきほどの野球部キャプテンとの会話を千鶴にしゃべった。

 野球部をやめろと言われたこと。

 自分は野球部にいられなくなったこと。

 これから1ヶ月、野球部は合宿なのに、自分は行き場所がないこと。

 それを町田は、千鶴の腕の中で、泣きながらしゃべった。


「なにそれ」


 とたんに不機嫌になる千鶴だった。

 さきほどまでの天真爛漫さはなりをひそめ、まさしく女王様といった貫禄で、町田のことをにらみつけている。


「なんで町田くんだけ野球部やめなくちゃいけないの? 弱いのは町田くんだけじゃないのに」

「ん、でも・・・・・」

「許せない。わたしの町田くんにそんなことするなんて・・・・・・・絶対に許せないよ!!」


 どさっと、千鶴は町田を離した。

 途端、地面に投げ出された格好となった町田は、千鶴を見上げて「ひい」と悲鳴をあげた。

 そこには、今まで見たこともなく怒り狂っている千鶴がいた。


「ま、増田さん、なにをする気なの?」

「決まってるでしょ。野球部全員、ボコボコにするの。自分が弱いのを人のせいにする奴には、死ぬよりひどい目にあってもらうわ」

「ま、待ってよ!!」


 今にも駆け出しそうな千鶴の足にしがみつくようにして、町田が千鶴のことをとめた。


「だ、だめだよ。そんなことしたら!!」

「ま、町田くん!?」


 驚いた声をあげる千鶴。

 あれだけ痛めつけた町田がここまで自分に反抗するのは初めてで、千鶴は心底驚いてしまっていた。


「それだけはやめてほしい! 悪いのは僕なんだよ。ソフト部の強さを甘く見て、無謀な勝負を受けちゃった僕が悪いんだ。だから、野球部は見逃して・・・・・お願いだよ、このとおりだ」


 そこで、町田は土下座をした。

 千鶴にむかって誠心誠意の土下座。

 それしか町田にはできなかった。力の差はいやというほど知っていた。だから、町田は同級生の女の子に、土下座して頼み込むしかなかったのだ。


「町田くん・・・・・」


 そこまでされては、千鶴としても言葉はなかった。

 なぜか、今の町田の土下座を見てもときめかない。

 千鶴はすぐに町田に土下座をやめてほしかったので、町田の懇願を聞くしかなかった。


「わ、わかったよ。野球部にひどいことしないからさ、ね、顔をあげてよ」

「ほ、ほんと?」

「ほんとほんと。ほかの女子ソフト部員にもちゃんと言っておくからさ。安心しなよ」


 そこで、町田は千鶴に持ち上げられるようにして立ち上がった。

 ふふっと、千鶴が笑った。

 それは無邪気な笑みだった。


「少し、町田くんのこと見直したかも」

「え?」

「自分のことを捨てた人たちをかばうなんて、なかなかできないよ。ふふっ、かっこいいかも」

「え? え?」


 混乱する町田。

 千鶴に男扱いされておらず、玩具かペットくらいにしか思われていないと思っていた千鶴に、かっこいいかもと言われた。

 それだけで町田は頭がショートし、千鶴の様子が変わったことに気づくのが遅れてしまった。


「じゃ、わたしの家に来なよ」


 恍惚とした表情。

 千鶴は、楽しくてしかたないといった様子で言った。


「え? ど、どういうこと?」

「これから1ヶ月間、野球部の合宿なんでしょ? で、町田くんは行くあてがないと。だから、その1ヶ月間、わたしの家に泊まればいいんだよ」

「で、でも・・・・」

「安心して。うちの親、どっちも共働きで、今は外国の研究室につめてるから、誰もいないんだ。だから、バレることはないと思うよ」

「そ、そういうことじゃなくて・・・・」


 同級生の女の子の家に1ヶ月泊まる。

 それは、町田にとっても常識に照らしてもまったくの非常識で、そんなことが許されていいわけがない。

 そう思った町田は、反論しようと口を開きかけるのだが、


「言っておくけど」


 底冷えするような千鶴の声に、町田の動作はビクンと止まった。


「町田くんがどうこう言おうと、もう決定事項だから。この命令がきけないようなら、やっぱり、野球部の人たちには地獄を見てもらおうかな」

「そ、そんな!」

「ふふっ、楽しみだね。これで町田くんのこと、一晩中調教できるよ」


 ぺろりと、舌で唇をなめた捕食者が、獲物を愛おしそうに見つめながら言った。


「いいいっっぱああああああい、虐めてあげる。いろんなことするよ? さっき、町田くんが反抗した時、思ったんだ。今度はわたしに口答えできないくらいに、念入りに、念入りに、調教してやろうって」


 がちがちがち。

 町田は、天性のサディスシャンの前に、震えるしかなかった。


「楽しみだね、町田くん♪」


 とろんとした瞳で言う千鶴。

 町田はそんな美しい彼女を見て、下半身を固くしてしまった自分に気づくことができなかった。

つづく